「住宅の骨格」を考える

建物を支える「建築の骨格」
暮らしを包み、支える「建築の骨格」=「住宅の骨格」

古い民家を再生してまで手に入れようとしている人達がいる。大変な手間、費用、時間がかかる。相当なエネルギーと強い意志が必要である。それでも手に入れたいのである。それだけ民家は建物として、住居として大きな魅力があるのだろう。

一見、民家と縁の薄い現代の住宅を設計している私も、その魅力に取り憑かれている。よく民家を見に行く。旅先でも民家園あると聞けば、巡礼者のごとく行くことになる。

民家を訪ねるとまず、その姿に心打たれてしまう。大地と一体になり大きく美しい屋根を持つ姿に・・・一歩、建物の中に入ると、なにか大きなものに包まれ、守られているように感じ、大変居心地がよい。そのなにかとは、なんだろうか。
それがわかりたくて頻繁に民家に通ったのかもしれない。

通いながら、それは木のぬくもりとか煤けた匂いというものではなく、家を包むその骨格ではないかと思い始めた。その骨格が生活を包み込んでいる。また、骨格の存在を強く意識できた建物は単純明快な小屋組で、平面も同様に単純なものであった。もちろんそのような建物はたくさんあると思うが、民家という建物が人の住まいであるということで、一層その存在に意味があると思う。

厳しい敷地条件と法的条件、現実的なコスト、そしてクライアントの希望や夢を対象に設計することになるが、そのような条件下であっても、その家にふさわしい建築を意識できる一つの骨格を与えることを考えるようになった。住宅建物に建築の骨格を与える作業は、単に構造の整合を考えることではない。それは生活を見直す作業であり、建物として「建築の存在」「建築的ストーリー」を見つけ出す作業であると思う。生活と建物を包括した建築の骨格が存在する、そのことが建築の目的であり、建築の居場所だと考えています。